99年の`18|による高潮被害で犠牲者12人を出した不知火町では、被災後に定めた防災マニュアルに沿い30日午前0時ごろ、沿岸の松合校区など709世帯2009人に防災無線や広報車などで避難勧告を発令。 それを受け、住民約300人が現地対策本部となった町農業就業改善センターなど5カ所に避難した。 同町には高潮時の越水防止のための「松合水門」も03年9月に完成しているが、町は「最悪の事態を想定していち早く勧告した」と説明する。 現地対策本部長を務めた浦上皓二・同町助役(64)ら職員約15人は、29日夜から同センターに詰め、毛布や炊き出しなどの準備に追われた。 浦上助役は「前回は災害の経験がなかったために戸惑ったが、今回はその教訓が生きた」と語る。 高潮被害の翌年から始まった防災訓練の効果も現れた。 今年の訓練は8日にあり、住民約100人が参加して台風被害を想定して避難。 同町総務課は「おかげで、今回の避難時も各区長や消防団の連携がうまく出来た」と話す。 勧告を受けて30日午前1時ごろ避難した山口ゆき枝さん(84)ら7人は「今回は広報車が来てくれた」と喜ぶ。 山口さんらは、同センターが満員だったため隣接する町松合体育館で不安な夜を過ごした。 前回は床上浸水の被害を受けた山口さんは「台風が一番好かん、もう二度といや。 早く帰りたい」と話していた。 【門田陽介】 8月31日朝刊 (毎日新聞) -