◆忘れ得ぬ、あの日あの時 ◇戦後60年の節目に犠牲者を弔い、世界平和の願いを込めて鳴らしたい ◇終戦記念日、10年ぶり響く 三重県久居市幸(さや)町に数奇な運命をたどった鐘がある。 「子午(とき)の鐘」。 太平洋戦争の末期、消失の危機に遭いながら、偶然にも無事で残った。 終戦記念日の15日、この鐘が美しい音色を響かせる。 地区住民は「戦後60年の節目で犠牲者を弔い、世界平和の願いを込めて鳴らしたい」と話している。 鐘が造られたのは江戸時代中期の1736年。 時を知らせる役割を担っていたが、その後火事の合図としても利用された。 それから200年余たった戦争末期、国内では軍事資源として鉄の需要が高まった。 各地で金属の強制供出が相次ぎ、銅や錫(すず)で出来たこの鐘も例外ではなかった。 しかし「兵器」に変わっていたはずの鐘は、戦後間もなく思わぬ所で発見された。 地元の長老が津市の国鉄・阿漕(あこぎ)駅に行った際に、駅の貨物用ホームの端に置かれていたのを偶然、発見したという。 幸町自治会長の冨永勝次さん(74)は「終戦の年、駅付近は大きな爆撃に遭っている。 だから鉄道で鐘を運ぶことが出来なくなって放置されたのかもしれない」と推測する。 鐘は地区住民により荷車で元の場所に運ばれた。 その後、1959年の`195915|でも鐘堂が崩れる災害に見舞われたが、鐘は無傷で現在まで残っている。 鐘を突くのは、毎年6月10日の「時の記念日」と大みそかの2回だけ。 終戦記念日に鳴らすのは、戦後50年の年(1995年)以来だ。 戦争をくぐりぬけた、いわれのある鐘の音は午前11時40分から久居市内に響きわたる。 【鈴木顕】 8月15日朝刊(毎日新聞) -