◇“平穏な年へ 祈り込め 日が傾き、藍色(あいいろ)の空に一番星が輝き始めるころ、神楽のお囃子(はやし)が始まった。 山々の輪郭が黒さを増していく。 昨年11月22日、椎葉村栂尾(つがお)神社に神楽が奉納された。 この日は、日向や延岡で暮らす地区の出身者も戻ってくる。 拝殿に羽織袴(はかま)の約30人が陣取った。 「神迎え」の舞いが始まる。 白装束の舞手を、神楽保存会長の黒木武太郎さん(62)が見つめていた。 「1年を神楽で締めくくる、そんな気持ちですなあ。 無事に迎えることができて良かった」 `14|が襲来した9月6日、武太郎さんの家は土砂崩れで全壊した。 昼飯時のことだった。 「一口、二口食べよった時ですが、家内が『ゴーと音がする』と言う。 したら、バリーと大きな音がして、家が倒れてきよったですよ」。 気がつくと庭にいた。 大量の土砂が家にのしかかっていた。 足にけがをした妻を背負い、親せき宅に避難した。 「50年は建っておった家でした。 農林業の機械も全部埋もれてしまった」。 今は数十メートル離れた空き家に移り住む。 夜半を回り、神楽は佳境に入っていく。 酒や煮しめが振る舞われ、熱気は増すばかりだ。 地区一の太鼓打ちと言われる武太郎さんもお囃子に加わった。 午前2時、演目「芝入れ」。 見物人が舞台に乱入する。 太鼓に合わせ、片手に握った鈴を鳴らしながら舞い始める。 舞台が揺れ、笑い声が響く。 「村一番の祭りを絶やすわけにはいかん。 大変な時だからこそ、楽しくやらんと」と武太郎さん。 吐く息が白い。 冬空には無数の星が輝いている。 とうとう山の端から太陽が顔を出した。 演目「手力(たぢから)」が始まっている。 天岩戸(あまのいわと)に隠れた天照大神(あまてらすおおみかみ)が再び現れる様子を象徴する舞いだ。 舞手はぐっと割った腰を少しずつ、しかし力強く上げていく。 「朝日が昇るように上げるのだ」と地区の人が教えてくれた。 拝殿の中に日があふれてきた。 時に目を閉じ、武太郎さんは太鼓をたたく。 過ぎ去った1年を静かに振り返っているようだった。 「新年にやることは山積みです。 2月までには間伐をして、休耕しとった田んぼもやりたい。 ボチボチやらんとしようがないです。 平穏な1年になれば一番ですかね」。 凍るような朝の空気の中で、武太郎さんの笑顔が輝いた。 【佐藤恵二】 1月4日朝刊 (毎日新聞) -