◇被爆の“証人 後世に−−海老沼正幸さん(57)=長崎市多以良町 「被爆したクスノキが何かを訴えようとしているのではないか。 涙が出ましたよ」 長崎市の山王神社にある2本の被爆クスノキ。 9月の`13|で枝が折れ、樹勢回復の治療中に、原爆の爆風で飛ばされた可能性がある複数の石や瓦の破片などを幹内部の空洞から見つけた。 茨城県出身。 「技術者になれば国内外どこでも飯が食える」との父の言葉で千葉大園芸学部で学び、造園業に就いた。 小学生のころは、めだかの泳ぐ池や植木がある本格的な箱庭を作って遊んでいた。 「自分の仕事が足取りとして残ることが良かった。 一生勉強です」と造園の魅力を語る。 長崎市出身で被爆2世の順子さん(50)と結婚し、1977年から同市で暮らす。 国家資格だった樹木医になったのは約15年前で、造園のために取得した資格は40以上になるという。 順子さんの亡父から被爆体験を聞き「二度と原爆のようなものを使ってはいけない」との願いを受け継ぎたいと思った。 94年、爆心地から約900メートルにある民家の被爆したカキの木を治療したところ、実をつけるまで回復。 「平和や命の尊さを考える生きた教材になるのでは」と“2世 の苗木を学校などに植樹するようになった。 市民グループの支援を受け、国内の公共機関や二十数カ国に計約900本を贈っている。 長男和仁さん(27)も、海老沼造園で一緒に汗を流す。 11日に結婚式を挙げたばかり。 「樹木を愛して対話してほしい。 愛情がないと木は仕事を教えてくれない」と言いながら、未来の後継者を見守っている。 治療中のクスノキの下で穏やかな口調が熱を帯びた。 「人間は100歳以上生きるのは難しい。 後世に生きて残せるのは樹木しかない。 原爆でこれだけ被害を受けても一生懸命空に向かって伸びていく姿は、今の僕たちに何かを訴えているのではないか」【長澤潤一郎】 11月12日朝刊 (毎日新聞) -