残雪に覆われた新潟県長岡市長倉町の県農業総合研究所(農総研)。 前身の県農事試験場で昭和19年、農林1号と農林22号を交配した新品種が誕生した。 のちに全国トップブランドに成長するコシヒカリだった。 それから64年。 産地間競争の激化で、圧倒的なブランド力に陰りが見え始めたとささやかれる県産コシ。 その食味を上回る“超コシヒカリ への開発の動きが新年度から本格化する。 「新品種の開発には10~15年かかるが、温暖化などにも対応できる品種を育成したい」 県農業総務課の渡辺広治政策室長はコメ王国の次世代を支える新潟米に期待を寄せる。 “超コシ の詳細なコンセプトはまだ検討段階だが、方向性の柱はコシを上回る良食味と晩生(おくて)種の育成にある。 コシを代表とする中生(なかて)種より1週間から10日程度、穂を付ける時期が遅い種類で、夏場の気候変動などを回避し、県内での作付け率が79%を占める“コシ偏重 の解消を目指す。 さらに、大規模農家にとっては、収穫時期の分散で刈り遅れによるコシの品質低下の防止にもつながることが期待される。 県幹部は「異常気象や台風などが発生すると、作付けが集中するコシへの被害リスクは必然と高まる。 品質の高い別品種への作付け変更を促しリスク分散を図りたい」と基幹品種の開発に熱い視線を注ぐ。 だが、高価格で農家の人気が高いコシの作付け偏重からの脱却は容易ではない。 県はコシと並ぶ基幹品種として平成5年から10カ年計画で収穫時期がコシヒカリよりも10日ほど早い新品種ドリーム早生(のちの「こしいぶき」)プロジェクトを実施。 現在の作付面積はコシに次いで2位だが、作付け割合は1割前後にとどまっている。 気温などの生育条件により、品質の年次変動が大きいとされるが、関係者の間では「よく健闘している」(農総研)との声もあるが、県内ではまだまだ脇役との見方が大勢だ。 “超コシ と同じ晩生(おくて)種では、昭和35年に県の奨励品種に指定された「千秋楽」がデビューし、39年には作付面積が約2万ヘクタールに迫る勢いをみせた。 だが、農家のニーズをつかみきれないまま、昭和40年代後半から少しずつ増加傾向にあったコシの台頭とともにほぼ姿を消した。 新潟県が全国に先駆けてコシを奨励品種に指定した31年当時は、必ずしも高い評価を得ていたわけではない。 37年から「日本一うまい米づくり運動」がスタートし、県全体で栽培技術の向上などに取り組んだ結果、50年代後半から主流を歩み始め、市場での高い評価を確立した。 こうした状況下で展開されてきた新品種開発の歴史は、リスク分散を目的としたコシ偏重解消への挑戦の記録であった半面、“成功体験 の克服の難しさを物語るもう1つの裏面史も意味していた。 コシ作付けの分散化対策では、jaグループも作付け変更の誘導に本腰を入れている。 コシから別品種に変更した場合、60キロあたり500円の生産奨励金を生産者に給付しており、過去3年の給付実績は前年比で毎年1億円以上増加し、奨励金効果がじわじわと浸透している。 ただ、現在の79%のコシ作付け率を21年産で70%にまで引き下げる目標からみれば「まだまだ足りない」(ja全農にいがた)と厳しい情勢だ。 ja新潟中央会幹部は「コシの価格が低下してくれば、所得補償機能として効いてくるのでは」と今後に期待を寄せる。 県は新年度、家庭用や業務用などのニーズをより明確化する販売戦略の練り直し作業に着手する。 具体的には従来の整粒状況で区分した等級基準に加え、食味を左右するタンパク質含有量による新基準の設定も検討する予定だ。 コシの奨励品種指定から半世紀。 岐路に立つ新潟県のコメ作りは泉田裕彦知事の“ショック療法 的な発言を契機に、論議が活発化しつつあるようにもみえる。 果たして、知事発言は新潟米のブランド再構築への“狼煙(のろし) となるのか、それとも、混迷の始まりを意味するのか−。 (花房壮)