◇総工費150億円、寄付低調で頼みは財界? 第二次大戦時の空襲で焼失した名古屋城本丸御殿の復元工事が今年度に始まる。 名古屋市は総工費約150億円をつぎこみ、ポスト万博事業の一つとして強い意欲を示し、地元経済界も40億円の寄付で側面支援する方針だ。 一方、期待した市民からの寄付は低調にとどまる。 巨大事業の意義、主役である市民の関心度はどうかを探った。 【岡崎大輔、影山哲也、鈴木泰広】 ■ポスト万博で浮上 「復元機運を盛り上げていきたい」。 今年1月の年頭記者会見で名古屋市の松原武久市長が真っ先に触れた話題が、名古屋城本丸御殿の復元だった。 会見には地元職人が製作した御殿の木製模型を用意。 部材を指差し、うれしそうに話す姿に、復元にかける意気込みが表れていた。 戦前に国宝第1号に指定されていた本丸御殿を当時の姿でよみがえらせる壮大な計画。 復元の動きは市制100周年の89年にもあったが、05年に控えていた愛知万博開催と中部国際空港開港の2大事業の陰に隠れていったんは頓挫。 その後、松原市長が05年4月に3選を果たした際の公約に復元が掲げられ、市政の課題として再浮上した。 復元を推進する理由を「ポスト万博事業として必要とされた」と話すのは、市長に近いとされる市議。 「万博の理念である『自然の叡智(えいち)』が本丸御殿に結びついた。 部材のヒノキは長持ちするし、環境への配慮という点で万博とも共通する」(同市議)との論理だ。 万博の収益から約10億円が寄付されたことも、復元を後押しした。 市税収入の最高額を4年連続で更新するなど財政面での豊かさも、追い風になっている。 最大45億円とされる国の補助も見込んでおり、市名古屋城整備室は「1年当たりの市の負担は2億~3億円と意外に少なくて済む」と楽観的だ。 ■“3分の1 市民から 市は「復元は市民の手で」を理念に掲げ、総工費150億円のうち50億円を寄付で賄う方針を打ち出したが、この“3分の1条項 は意外な経緯で決まったとされる。 もともと、59年に再建された天守閣の総工費約6億円のうち2億円を市民の寄付で賄ったことから持ち出された数字だが、その後は復元を訴える市議への理由付けに使われ、「現実味のない提案を打ち消すための条件として掲げられた」(市幹部)という。 時は変わり復元が現実味を帯びる中、この条件をクリアするために市が頼みとしたのが地元経済界だった。 市は必要な寄付額を40億円と算段、松原市長は昨年7月、名古屋商工会議所の総会に出席し寄付への協力を求めた。 同9月には中部経済連合会にも要請し、両団体の会員企業約300社から内諾を得た。 関係者によると、海外販売が好調なトヨタ自動車が約4億円の負担を了承。 他企業も追随する意向で、一定のめどをつけた。 ただ、反応はさまざまだ。 ある財界の関係者は「名古屋にはランドマークが少ない。 この機会を逃すと復元は難しい」と意義を強調。 一方、別の関係者は「経済界がカネを出せば終わりではだめ。 万博は環境をテーマにして市民が盛り上げる形になったが、本丸御殿も市民が参加する努力をしなければ」と、行政と企業が前面に出過ぎれば、市民の無関心を招くと警戒する。 ■「年金が心配な時代に…」 市は機運を盛り上げようと、ロゴ入りタイアップ商品やイメージソングを作成したほか、著名人を招いた講演会を開催。 10日には第1回の「名古屋城検定」を実施する。 同検定では、テキスト代などから計200円が「名古屋城本丸御殿積立基金」に寄付される仕組みもある。 だが、こうした取り組みにもかかわらず、市民寄付を想定して02年度に設立した同基金に集まったのは3月末現在で2億5000万円と、「目標の4分の1程度」(関係者)にとどまる。 また、市は復元による具体的な集客効果などを公表していないこともあり、市民がどう判断してよいか分からないという面もあるようだ。 「復元なんて知らなかった」、こう話す市内の自営業女性(58)は「年金がもらえるかどうか心配な時代に、必要な事業だろうか。 観光のためといっても市民には関係ないし」と話す。 市議会では主要5会派のうち、野党の共産を除く4会派は賛成の意向を示している。 ただ、巨額の工費を疑問視する議員は少なくない。 与党のあるベテラン市議は「いま復元する必然性をあまり感じないし、名古屋の行政の売りである福祉の充実に工費を回したほうが市民の要求にかなっているのでは」と話している。 ◇熊本、佐賀、函館、長崎…建物再建、全国的な流れ 名古屋市民にとってやや唐突な感じもする名古屋城本丸御殿の復元だが、全国各地ではここ数年、本丸御殿をはじめ、史跡の中心となる建築物の復元を進める動きが広がっている。 代表的な例が今年3月に完成した熊本城本丸御殿(熊本市)。 総事業費は約54億円で、1877年の西南戦争直前、原因不明の火災で焼失して以来131年ぶりの復元となる。 このほかの復元事業としては、▽佐賀城本丸御殿(佐賀市、04年完成)▽函館奉行所(函館市、10年度完成予定)▽出島(長崎市、11年度同)――などがある。 文化庁は、遺構や古文書、写真などの資料が残されている場合に、国史跡・名勝の現状変更を許可し復元を認めている。 90年代は塀や櫓(やぐら)など城の周辺部の復元に限定していたが、ここ数年は本丸御殿のような規模の大きい建物についても復元を認め、認可のハードルを低くしている。 こうした背景には、各地で盛り上がる復元の機運を後押ししたいという国の狙いがある。 一方で、国事業による平城京大極殿(奈良市、10年完成予定)の復元を控え、「国が事業を進める手前、地方に復元してはならないとは言えない」(文化庁記念物課)との思惑もあるようだ。 ……………………………………………………………………………………………………… ◆推進派 ◇貴重な史料、生かす道を−−本丸御殿フォーラム副会長・夢童由里子さん 私は昭和40年代に「名古屋城を彩った女たち」という人形展をやった時に、礎石の並んだ姿を見て、本丸御殿をこのまま放っておくべきではないと思った。 それが、復元に取り組むきっかけの一つだった。 私の生まれた京都では、二条城や桂離宮などの建物を住民が身近に大切にすると同時に、そこからロマンを得ながら生活している。 そして、多くの建築物が歴史上、人の手が加わって修復・再建されている。 名古屋城にはせっかく襖(ふすま)絵などの歴史的な資料が残っているのだから、生かさない手はない。 現代に残る職人の技を受け継ぐためにも復元し、100年単位で文化遺産として残していくべきだ。 例えば建設の過程で、数ミリの薄さで鉋(かんな)で木を削るところを見てもらうだけでも、子供たちにとって価値があると思う。 フォーラムを設立した94年当時の発起人は数えるほどだったが、今や会員数は2300人になった。 行政に注文をつけるだけじゃなく、自分たちも一緒に何ができるかを考えた。 ただ、復元に関しては、財界に寄付を出してもらうことになった結果、市民で盛り上げるというトーンが薄れてしまったように感じる。 全国へのprも足りないのではないか。 例えば、名古屋城の入場料を10円上乗せして、その分を復元に回すというのはどうか。 復元への協力を多くの人に実感してもらえるし、県外からの観光客にも認知してもらえる。 何より、市民の幅広いコンセンサスを得る必要があると思う。 ◆反対派 ◇理由と効果、説明が必要−−名古屋市民オンブズマン・新海聡さん 名古屋市には、市土地開発公社が先行取得したまま含み損となっている塩漬けの土地が膨大にあり、額は900億円以上になっている。 これは、市の一般会計当初予算の1割にもなり、財政上のアキレス腱(けん)になっている。 こうした現実がある中で、市は本丸御殿を復元して楽しんでいる余裕があるのだろうか。 行政というのは、市場原理では得られない、儲(もう)からないことをやるのが本来の役割だ。 だから、同じ大型事業でも、年間200万人以上の集客力がある東山動植物園の再生は、子供からお年寄りにまで根付いた施設であるし、理にかなっていると思う。 ただ、そうした長く伝統ある施設の再生に金を使うのと、財政的に余裕のない今の時代に新規事業をやるのとでは、意味合いが違ってくる。 御殿は木材を使って忠実に復元するそうだが、環境への配慮をうたうのなら、例えば学校やお年寄りの施設を木造化して、行政サービスを充実させてからでもいいのではないか。 なぜ本丸御殿なのか。 先に復元の結論ありきのように感じる。 また、東山動植物園の場合、過去のデータから集客数などの見込みが立つだろうが、御殿を復元した場合、どれだけの効果があるのか積算しているのか。 例えば、台風で壊れた厳島神社を修復するのと、60年以上何もないままだった御殿を一から復元するのとでは、市民の思いや建物への親近感も違ってくる。 市長はまず、なぜ復元し、どういった効果があるのか、十分な説明をすべきだ。 ……………………………………………………………………………………………………… ◆名古屋城本丸御殿を巡る動き◆ 1610年 徳川家康が名古屋城築城に着手 12年 天守閣が完成し本丸御殿の建築開始 15年 本丸御殿が完成 16年 名古屋城入りした家康の九男・義直が居住 33年 三代将軍徳川家光の上洛に備え上洛殿の建築開始 1893年 宮内省(現・宮内庁)所管として名古屋離宮に 1930年 離宮が廃止され名古屋市所管となる。 天守閣とともに本丸御殿が国宝に指定 42年 障壁画が国宝に指定 45年 第二次世界大戦の空襲で天守閣とともに本丸御殿焼失 57年 天守閣の再建工事が始まる 59年 天守閣の再建が完了 98年 有識者で作る「本丸御殿課題検討委員会」が発足 2002年 個人・団体から寄付を募る本丸御殿積立基金を設置 07年 文化庁が名古屋城に隣接する本丸御殿跡地(特別史跡)の現状変更を許可 08年 本丸御殿の復元工事着工 10年 名古屋開府400年にあたり玄関の一部を公開 17年 本丸御殿復元完成 *2008年以降は予定 ……………………………………………………………………………………………………… ■ことば ◇名古屋城本丸御殿 徳川家康の命で1615年に完成した。 勇壮な天守閣と優美な御殿が並び立つ城郭御殿では、京都二条城の二ノ丸御殿と並ぶ代表格とされた。 1930年に城郭建築物の国宝第1号に指定されたが、終戦直前の45年5月、名古屋空襲で天守閣とともに焼失した。 忠実な復元を可能にしたのは、戦災を免れた実測図や障壁画などが存在したためで、「完全復元は名古屋城本丸御殿だけ」(名古屋市担当者)という。 狩野派絵師が描いたふすま絵や天井板絵など現存する1049枚のうち1047枚が重要文化財。 建築には旧尾張藩の御用林があった岐阜県中津川市のヒノキを使用する。 工期は3期約10年で、名古屋開府400年の10年には玄関の一部が完成・公開予定。 ……………………………………………………………………………………………………… ■人物略歴 ◇むどう・ゆりこ 京都市立芸術大卒。 造形作家、愛知工業大・名古屋造形芸術大客員教授。 ……………………………………………………………………………………………………… ■人物略歴 ◇しんかい・さとし 中央大卒。 弁護士、全国市民オンブズマン連絡会議事務局長。 47歳。 5月4日朝刊