佐用町で20人の死者・行方不明者を出した`9|の豪雨発生から10日。 避難途中で水害に遭った犠牲者が相次ぐ中、自宅待機した人の多くは2階などに逃げて助かった。 だが、平屋住まいの同町佐用の石坪多恵子さん(86)は自宅で溺死(できし)しているのが発見された。 生死を分けた避難方法について、関係者に話を聞いた。 石坪さんは佐用町役場東の路地にある自宅の玄関先で倒れていた。 北側の佐用川のはんらんで路地は濁流が高さ1・5メートルにまで達していたという。 2軒隣に住む安積豊子さん(81)宅では午後9時ごろ、「床下から水が噴き出した」。 1人暮らしで足の不自由な石坪さんを助けに行こうしたが、玄関の戸は水圧で開かない。 自宅の水位は増し、1階部分は「海のようになって畳が浮いた」。 防災無線が午後9時20分に流れ、安積さんは「外に出る方が危険」とすぐに2階に避難した。 石坪さん宅から北東側の路地では午後9時前、平屋建てに住む山下あつこさん(75)が道路の水かさがひざ下までに達しているのに気付いた。 「早く逃げないと」。 近所の4人と近くの公民館に避難を始めた。 100メートルほど進むと水位は首のあたりまでに。 電柱を囲んで5人で手をつなぎ水位が下がるのを待った。 「みんなで助かるで」。 大声を出し、励まし合った。 約3時間後、水位が下がり始めた。 自宅内は高さ1メートルほどまで浸水。 「家にいたらだめだったかも」と振り返った。 石坪さんは助産師として長年働きながら、子どもを育てた。 気丈な性格だったといい安積さんらは「自分で逃げようと玄関に向かったのでは」とおもんばかる。 家の後片付けをしていた次男は「2階があれば助かった」と悔しさをにじませた。 石坪さんの自宅玄関には、1・5メートルほどまで水が上がっていたと思われる泥が線となって残る。 現地を視察した「人と防災未来センター」の宇田川真之主任研究員(防災情報)は「石坪さんのように足が不自由な人には、最初に河川が判断注意水位に達した時点で避難準備情報を流し、注意喚起することが必要。 河川の規模によって、2階に避難するか、安全な建物へ逃げるかの判断は違ってくる。 自治体全域に避難勧告を出すのではなく、地域ごとに情報を流すことが教訓となった」と指摘する。 関係者の話から、災害時要援護者の避難方法の課題が浮き彫りになる。 豪雨災害は毎年、各地で繰り返される。 他の自治体もぜひ、地域防災計画を検証するなど教訓として生かしてほしい。 (村上正) 〔神戸版〕 8月20日朝刊 【関連ニュース】