慰霊祭で花とともに千羽鶴をささげる参列者=名古屋市熱田区の名古屋国際会議場で2009年9月26日午後1時28分、山口政宣撮影 死者・行方不明者5098人を出し、昭和時代最悪の自然災害となった`195915|から50年となる26日、東海地方の各地では、追悼式典や被災の記憶を次世代に継ぐ行事が開かれた。 家族を失ったり、濁流にのまれながら九死に一生を得た人、被災体験のない若い世代も参加した。 犠牲者の冥福を祈るとともに、防災に向け、日々の心構えの重要性が呼びかけられた。 市町村としては最悪の1851人が犠牲となった名古屋市では、熱田区の名古屋国際会議場で遺族ら約550人が出席し、殉難者慰霊祭が行われた。 河村たかし市長が、「自然災害を止めることはできないが、被害を減らすことはできる。 市民の生命財産を守るために全力を尽くしたい」とあいさつ。 参列者は黙とう後、花を供えた。 三重県桑名市や岐阜県養老町でも、フォーラムなどが開かれ、多くの住民が参加した。 【山田一晶、高橋恵子】 【ことば】▽`195915|▽ 1959年9月21日、マリアナ諸島の東海上で発生した`15|。 猛烈な勢力のまま26日午後6時ごろ和歌山県・潮岬に上陸、6時間余りで本州を縦断した。 伊勢湾沿岸では、上陸時929ヘクトパスカルという低い中心気圧で潮位が上昇、名古屋港の観測史上最大の3・89メートルの高潮が押し寄せた。 名古屋市南部を中心に被害が拡大。 死者・行方不明者は東海地方を中心に5098人、負傷者3万8921人、住宅全半壊計約15万棟。 95年に阪神大震災が起きるまでは、戦後最悪の自然災害だった。 【関連ニュース】