◇新彗星の夢よ再び、世界揺るがす大発見なるか ◇コメットハンター・関勉さん(79)=高知市 台風は去り、降るような星空が広がっていた。 1965年9月18日午前4時15分、高知市の自宅の物干し台。 「勝負は夜明けまでの30分間だ」。 方角は東南、高度30度の空へ向けた手製の望遠鏡が、ぼんやりとした青白い球体をとらえた。 「千に一つのチャンスを待ち続けていた」。 後に日本中で天文ブームを巻き起こす「池谷・関彗星」の発見だった。 戦後間もない1947年11月。 鳥取県出身のアマチュア天文家、本田実さん(1913~90)が「本田彗星」(1947x)を発見したことに感激。 手紙を書いた。 「貧しい日本に希望を与えた。 貧弱な望遠鏡しか持っていないけれど、私もあなたのような仕事がしたい」 1週間後、本田さんから茶封筒が届いた。 「あなたにもきっとできる。 関彗星の発見を期待しています」。 技術的なアドバイスはなかった。 大切なのは、天体に迫る情熱と忍耐だと知った。 反物の紙の筒と祖父の老眼鏡のレンズ、木材で小さな望遠鏡をこしらえ、1950年から本格的に観測を始めた。 61年の「関彗星」を皮切りに、これまでに新彗星六つ、約1500の新小惑星を発見。 フランス天文学会100周年記念賞など数々の賞に輝いた。 81年から県立芸西天文学習館で観測を続け、観測日数は年平均100日前後にのぼる。 天候次第では連日の徹夜は当たり前。 もうすぐ80歳だが、「観測のための体力」を付けるため、週3回の水泳、筋力トレーニングを欠かさない。 「天文学者や宇宙飛行士を育てたい」と、同館を拠点に子どもらを対象に天文教室も開いている。 08年に導入したコンピューター制御の望遠鏡には、もう慣れた。 心強いメンバーがそろい、部品の改良も今年中に完了する。 「夢を持ち、努力し続ければ輝ける人生になるんですよ」。 若者へのエールは、今年も新天体発見に挑む自分自身にも向けられている。 【千脇康平】 ◇画像処理の職人・下元繁男さん(46)=高知市 「この星の光は9500年前、これは4700万年前……」。 パソコン画面に映し出された星々。 光速で数千から数1000年かけて地球に届き、写し込まれた光の点はいにしえの星の姿。 「天体写真に写った星空はまるでタイムマシン」と魅力を語る。 普段の仕事は会社のシステム管理。 星との出会いは27歳の時、書店でふと手に取った軌道計算の本。 昔、大好きだったアニメ「宇宙戦艦ヤマト」の「軌道計算せよ」という言葉が頭をよぎった。 開いた瞬間、目に飛び込んできた訳の分からない記号や数字。 「一生かかってでも解読してやる」。 天体の世界に飛び込んだ。 36歳の時、会社の友人を通して関勉さんと出会った。 「彗星は突然軌道を変えたり、大きさを変えたりする。 まるで生き物」、「彗星の変化を知れば太陽系の変化も知ることができる」。 話を聞くうちに彗星の魅力に取り付かれた。 2003年10月30日。 南半球で発見された「タイバー彗星」を北半球で誰が一番に確認するかに関心が集まった。 パソコンで軌道計算し、観測できる正確な位置と時間帯などを予測。 仕事を終え、使い始めたばかりの天体観測用の高精度デジタルカメラ「冷却ccdカメラ」を車に積み、急いで観測地へ。 薄暗い夕空へ夢中でシャッターを切った。 午後6時46分、写真にはうっすらと彗星の像。 「もう言葉に言い表せないほどの喜び。 アマチュア天文家として初めて感じた最高の一瞬」 冷却ccdカメラは、普通のカメラでは観測できないようなわずかな光の彗星もパソコンで画像処理すれば、明るさを増し、測定可能になる。 プロジェクトgeiseiではパソコンのスペシャリストとして関さんと一緒に、真っ暗な夜空に向かって何度もカメラのシャッターを切る。 「何もないように見える夜空だが、広大な宇宙空間が広がっていて、常に何か新しい発見が潜んでいる。 まるで宝探しなんです」と目を輝かせた。 【黄在龍】 ◇軌道計算のスペシャリスト・村岡健治さん(54)=高知市 数字とアルファベットがパソコンの画面に並ぶ。 素人にはちんぷんかんぷんだ。 それでも「ドキドキ、ワクワクはやめられません」。 地球に近づく彗星や小惑星がいつ見えるのか。 新発見とされる天体でも以前に発見されていないか。 天体の緯度や経度などの観測データを基に軌道をはじき出す。 それが「軌道計算」だ。 9歳のころ「池谷・関彗星」を川べりで見た。 実家は写真店。 天体写真にのめりこんだ。 19か20歳の時、実家に現像を出す客の一人が関勉さんと知った。 思い切って話しかけた。 すると、「君も星をやってるのかね」 1976年に地球に近づき、世紀の大彗星と言われた「ウエスト彗星」。 雑誌や新聞には観測できる日時が書いてあった。 「何で分かるんや」。 そんな疑問に関さんは「観測して軌道計算すれば分かりますよ」と言い、2冊の本を手渡した。 題には「軌道計算の楽しみ」とあった。 「最初はぜーんぜん分かりませんよ」。 パソコンもない時代。 電卓を買い、鉛筆で本に書き込みながら計算に明け暮れた。 計算がある程度できるまでには約3年。 ある夜、星空には、自分で計算した彗星が確かにあった。 01年冬の夜、ある彗星が新発見されたと知る。 「ピンときたんです」。 酒に酔いながらも計算してみると、約100年前に発見され行方不明になっていた彗星と判明。 過去に計算したことがあった星だった。 「一気に酔いが飛ぶ」ほどの興奮。 日本天文学会から賞をもらった。 94年、大豊町役場に入り、梶ケ森天文台の案内人も務めた。 天文への興味は尽きず、「天文古書評論家」を名乗るほど。 自宅には世界初の天体写真集に、彗星の記録集など5000冊以上の蔵書。 「典型的なマニアなんですよ」と笑う。 子どもたちに天文や軌道計算の楽しみを易しく伝えるのは難しい。 「けれど、面白そうに話すことで情熱を伝えたいんです。 大人になっても、天文をやってほしいですから」【服部陽】 ◇アーサー・c・クラーク著・原作は映画化 85年に日本で公開 2010年は3月に宇宙飛行士の山崎直子さんがスペースシャトル「ディスカバリー号」に搭乗し、国際宇宙ステーション(iss)の組み立て作業に従事する予定。 日本人女性としては向井千秋さんに次ぎ2人目となる。 また、09年末に宇宙に旅立った野口総一さんはissに約5カ月間滞在する予定だ。 一方、sfの世界では小説「2010年宇宙の旅」が有名。 アーサー・c・クラークのsf小説「2001年宇宙の旅」(68年)の続編で、84年に邦訳された。 木星系で宇宙飛行士が死亡・失そうした事件の調査と、遺棄された宇宙船を回収するため、2010年に宇宙船アレクセイ・レオーノフ号が地球を出発。 その後、宇宙を舞台に起きる出来事が描かれる。 原作は映画化され、日本では「2010年」とのタイトルで85年に公開された。 1月1日朝刊 【関連ニュース】